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プロフィール

KIKI歌野

Author:KIKI歌野
物書き(♀)です。アダルト表現を含む物語もありますのでご注意ください。ふと訪れた方々が楽しんでくださればうれしいです。
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コメ欄を閉じていますので、ご意見、ご感想、ご連絡などございましたら、こちらまでお願いいたします。

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KIKI歌野の、たあいないものがたり
小説を書いています。官能を含む恋愛小説、普通の小説をぼちぼち載せていきます。たぶんまあまあ面白いです(つまんなくても暖かい目で見守ってください・・笑)


  NEW!!☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 2012年8月
 直己×香枝の最新作『パーフェクト・ビューティー・オブ・ライフ』アップしました。

 ゴメンナサイ、今回は有料コンテンツですが、(1)のみ無料で試し読みしていた
 だけます。

  皆様から寄せられたご感想はコチラ → ★★

 
 2010年11月
 直己×香枝の第四弾『ラヴァーボーイの受難』アップしました。


   インデックス・作品紹介
  初めてのお方はどうぞ。このブログ内の小説ラインナップが一目でわかります。


  キャラ紹介
  小説のキャラ紹介です。「100の質問!」コーナーもあります。お時間のある方はぜひ


  KIKI歌野の日記
  皆様へのお知らせとかお礼とか言い訳とか、いろいろ書いてあります。


  ツイッター
  キャラなりきりつぶやきもやってますので、小説を気に入ってくださった方なら
  楽しめると思います。ぜひのぞいてくださいね(現在停止中・・・ごめんなさい)



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ラヴァーボーイの受難 (5)
 午前二時半、音を立てないように玄関のドアを開けると、室内はまだ明るかった。キャミソールにショートパンツの夏用パジャマを着た香枝が、とことこ玄関まで出てきた。やや照れ臭そうな「仲直り」用の微笑みを浮かべている。
「おかえり」
「なんだ、寝てりゃいーのに」
「さっきまで寝てたんだけど目が覚めちゃった。横浜どうだった?」
 回収したシューズを入れた紙袋を右手で掲げてみせると、香枝は「やった! 返してくれたんだ」と柏手を打った。
「相当膨れてたけど何とか。まあ確かに新シューズにも問題はありそうなんで、さっさと解決しねーと」
 説得は二時間に及んだが、説得し切れたかどうか自信はない。つまるところメーカーと選手が固い信頼関係を築き上げる他に、本当の意味での解決はありえないのだ。
 同行した担当者は今回の件で凹んでしまい、相談に乗っていたら「宇田川さんにはわからないっすよ」と、おかっぱヘアと同じ台詞で逆ギレされた。超能力者じゃあるまいしわかるわけねーだろ、大体俺こういう相談窓口業務は向いてねーんだよ、と心で叫びながら二時間以上相手をしたので、ほとほと疲れ果ててしまった。
「お疲れ! ね、ビール飲もうよ。キンキンに冷えてるよ」
「その前にこれ」
 ビジネスバッグから取り出したUSBを渡すと、香枝の眼がまんまるに見開かれた。
「え? なんで? どこにあったの?」
「あるべきとこにあっただけ。もう嫌がらせはねーから安心しな」
 質問を継ごうとする香枝にそれ以上聞くなと眼で制した。汗まみれの体をシャワーで流した後、ソファーに並んでコロナの瓶を傾けた。
「一つだけ聞かせて」
 ビール瓶をティーテーブルに置いて、香枝が言った。
「どんな人だった? USB返してくれた人」
 「返してくれた」という言葉選びが直己を微笑ませた。
「お前になりたがってた」
「あたしに? でも直己のことが好きなんだよね」
「誰だって誰かのこと好きっしょ」
 答えになっていない。コロナは小瓶なのであっという間に飲み干してしまい、大あくびをすると香枝が腕に触れた。
「ベッドいこ」
「平日っすよ?」
「バカ、直己全然寝てないでしょ。だからもう・・あ」
 香枝の腕を掴んでソファーに倒し、上にのしかかった。キャミソールの肩紐を人差し指に引っかけて弄び、つい笑ってしまう。
「じゃなんでこんなエッチなパジャマ着てんの」
「エッチじゃないよ、暑いんだもん」
「脇からおっぱい見える」
「見えるわけないじゃん嘘つき」
 香枝は屈託なく笑い、「ね、お握りの中身当てた?」と直己の顔を両手で挟んだ。質問に答えるかわりに唇にキスをし、キャミソールの上から乳房に触れた。胸の谷間に顔をすっぽり埋めると、香枝の両腕が背中と首筋を優しく抱いた。気持ちいい。疲れ切った頭を安置するのにちょうどいい枕があるだけで、女は偉大だと思う。あっという間に眠気のマントが背中に覆いかぶさってくる。
「・・・香枝」
「ん?」
「香枝ちゃん」
「ちゃんって」
「疲れた」
「そっか」
 香枝は直己の頭を撫でた。
「無理しすぎだよ。なんでも一人で解決しちゃうんだもん」
「しかも勃った」
 この勃起は、疲労と睡魔が激しすぎるせいだ。香枝はクスクス笑いながら直己の肩を押して体勢を変え、上になった。右手がスウェットパンツと下着の中に潜り込み、そそり立ったものを柔らかく握り締める。
「・・・したい?」
 したいような、このまま寝てしまいたいような。
「してあげる・・・寝てていいよ」
 白い歯を垣間見せて微笑んだ表情が途方もなく魅力的に見え、悲しみと混同するほどに胸が締めつけられた。ゆっくりと動かす手はしなやかに巧みで、直己の性感を熟知している。やがて香枝は頭の位置を下げ、露出させたペニスを口に含んだ。唇と舌で長い愛撫を与えてから身を起こし、パジャマを脱いで繋がった瞬間、小さな声をあげた。直己は目を閉じた。生来コントロール癖が強いので相手任せは嫌いなのだが、今だけは香枝の温かさに身をゆだねていたい。高まる快楽に吐息をつくと、「色っぽい顔」とからかわれ、お株を奪われた可笑しさに笑みが漏れる。射精したらすぐさま眠ってしまうだろう。閉じた瞼の裏に、黒々とした濁流が流れている。
 無理しすきだよ。
 香枝の台詞が、頭の中でリピートした。
 無理なんかしてねーよ。
 お前のためなら、お前が笑ってくれるなら、俺は何でもかんでもやらずにはいられねーみたいなんだよ香枝。要するに今の俺は、お前の奴隷みたいなもんだ。拷問されたって言わねーけどさ。そんな小っ恥ずかしい事は。
 直己は眼を開け、香枝を引き寄せてキスをした。自分が上になり、最後はなんとかこっち主導で事を終えてベッドに移動し、抱き合いながら「香枝」と呼びかけた。もう半分がた夢の世界に足を突っ込んでいた。
「俺と一緒に暮らして」
 往生際が悪い。わかっていてもこの口は止められない。
「離れて暮らしたくない・・・一緒にいて欲しい」
 断られるに決まっている。
 香枝の返事を待たずに、直己は眠りに落ちた。
 目覚めると、カーテン越しの朝日が東の小窓から光を射し入れていた。眼の前の香枝の眼はもう開いている。自然発生的な微笑みが、涼しい目元から白い顔全体に広がっていく。
「直己と一緒に暮らしたい」
 香枝はそれだけを囁くと、直己の背中を抱きしめた。


 ひと月後の九月下旬の日曜日、香枝の全ての荷物が運び込まれると、二十畳のワンルームは見る影もないほど狭くなった。双方協議の上、家電製品を含む大量の不用品を人にあげたり捨てたりしたのだが、数年の一人暮らしを経た二人分の荷物は、なまなかな量ではない。香枝の家具、本、服、食器、雑貨。彼女の生活が彼女と共にやってきた。直己はこの上なく満足だった。
「この部屋って喧嘩したとき逃げ場がないよね」
 香枝が首をぐるぐる回しながら言った。
「ジャンケンで負けたほうが家出すりゃいんじゃね? つっても俺ジャンケンで負けたことねーけど」
「嘘。そんな人いるわけないじゃん」
「試してみ。はい最初はグー」
 勝負をしかけると香枝はすぐに乗り、直己はグーで香枝はチョキだった。
「え、なんで? もう一回」
「何度やっても同じだよ。そーいえばお前、マーケの三羽ガラスにバラしたっしょ? 一緒に住むって」
「言ってないよ。言ってないけど知ってたの。いつ招いてくれるんのって聞かれたよ。めちゃくちゃ楽しそうに」
「一生招かねーって言っとけ」
 荷物の片付けと掃除が終わると、香枝と一緒に絶品炭火焼きハンバーガーを出す店で遅いランチをとった。体力仕事の後でビールを飲んだので、香枝は眠そうだ。映画に行きたいと言っていたのに、部屋に戻るとソファーでコトリと寝入ってしまった。
 直己はコーヒーを淹れ、ノートパソコンを開けて仕事のメールをチェックした。百件以上たまった未読メールの中に、おかっぱヘア神田からのメールを発見した。
『提案書を書くのは生まれて初めてなので、見てもらえないでしょうか。違う部署の宇田川さんに頼んで申し訳ありません。でも頼るのはこれが最初で最後です。 神田』
 直己はマグカップを置いて添付の文書をざっと読み、突っ込みどころに事務的なコメントを挿入して送り返した。「罪作り」と言われてはかなわないので、温かく励ましたりはしない。
 ふと思い出し、パソコンデスクの引き出しから、グレーのビロードの小箱を取り出して手の平に乗せた。引越祝いに今日渡すつもりで、デスクの奥に仕舞い込んでいたのだ。
 日曜のテレビを観ていた香枝が『これ欲しいな』と洩らした指輪がどこの店のものかわからなかったので、直己は悪友女子に電話をかけて聞いた。あいにく同タイプの指輪は品切れで、似たテイストのものになってしまったが、ペアリングを欲しがったことを、香枝はまだ覚えているだろうか。
 まず自分の左手の薬指にはめる。婚約未満のカップルなら右手の薬指が常道かもしれないが、噂好きな同僚と会わない週末くらいは左手でもいいだろう。香枝の傍らに膝をついて左手を取り、そっとはめてみるとサイズはぴったりだ。天下泰平な顔で寝入っている。いつ目覚めるだろう。三十分後か、一時間後か。指輪に気付いたとき、彼女の最初の言葉は何だろう。表情はどんな風に花開くだろう。
 映画などより百倍も価値のあるその瞬間を間近で鑑賞するため、ノートパソコンを手に、ソファーを背もたれにして床に座った。今の自分はきっと、悪戯の首尾を見守るガキみたいな顔をしているに違いない。
 開け放した窓から入ってきた午後の微風が、香枝の髪を遠慮がちに揺らした。髪先がふわりとそよぐ額にキスをしてから視線をパソコン画面に落とし、直己は唇に微笑みを残したまま仕事のメールを打ち始めた。

(おわり)




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ラヴァーボーイの受難 (4)
 その夜、直己がヴェトナムレストランの店内に入ったとき、「あ、ウタさん来た!」と真っ先に明るい声をあげたのは、マーケのアシスタントの亜樹だった。
「ここ! あたしの隣に座ってくださーい」
「やだよ。お前セクハラすっから」
 長テーブルの一番端に腰を下ろし、七名のアシスタントの顔を見渡した。年齢も容貌も性格も十人十色の彼女たちが興味津々に繰り出す質問をかわしたり受け止めたりしながら、直己は世間話の方向に会話を誘導した。会社の近所では安い弁当屋がない、という社員共通の不満を口にしてから、なにげなく切り出した。
「そーいえば、昨日俺のデスクに、やったら高いすき焼き弁当が置いてあったんだよな。どっかでランチョンとかあった?」
「昨日はないですよ。だいたい高いお弁当が余ったら、人にあげないで自分らで食べますって」
「ふーん、じゃ俺の熱烈な崇拝者が買ってくれたってことか」
「エアー崇拝者が?」
 亜樹の突っ込みに全員が笑った。そのうちの一人の顔をひそかに観察していた直己は、トイレに立って戻るや否や、「はい席替え!」と全員に命じてシャッフルさせ、ロジスティックスのアシスタント、神田の隣に素早く腰を下ろした。月曜日に亜樹のデスクの傍らに無表情で立っていた、真っ黒なおかっぱヘアのアシスタントだ。
「神田さん、次何飲む? サイゴン?」
 ドリンクメニューを広げ、殊更に優しく話しかける。
「いえ、私はもうお酒は」
「じゃお茶とかジュースは?」
「結構です。飲みません」
 神田は大人しそうな外見とは裏腹に、ピシャリとドアを閉じるような物言いをする。業務以外の会話を交わしたことはほとんどないが、仕事ぶりは神経質なほど緻密であり、アシスタントとしては優秀な部類だろう。
「神田さんってAccessの魔術師って呼ばれてんだろ? ヘルプデスクより詳しいってうちの亜樹ちゃんが言ってた」
「いえ、そんなことないです」
 ぎこちない微笑みらしきものが頬に浮かんだ。このコは男から褒められたりすることはあるんかね、と考えながら白々しくない程度の世辞を与え、冗談を飛ばし、親密な雰囲気を醸造させる。その気になれば売れっ子ホストになれると自惚れが走る瞬間だ。
「あ、俺ね」
 直己は親しげな笑顔でカマをかけた。
「昨日の昼は麺の気分だったんで、弁当食わなくてごめんね」
「いえ」
 と反射的に答えた神田の唇が、遅れて痙攣した。
「そんな、私に謝ったって」
 慌てて言い足したが、直己の視線を受け止めきれず、ゆっくりと顔を伏せる。全ての女が君ほど正直なら世の中は平和でしょーね、と直己は拍子抜けしつつも、素早く囁いた。
「二人で話そう。五分後に店出て」
 返事を待たずに一万円札をテーブルに置き「ごっそさん。俺会社に戻るんで」と立ち上がった。
「逃げる気ですかあ?」
「まだ全然何も聞いてないのに!」
 抗議の嵐を笑顔でスルーしながら店外に出て腕時計を見た。あまり時間がない。例のJリーグ選手に会うため、今から横浜まで行かねばならない。

 おととい香枝に送られたメールを読んだ直後、直己はIT部のヘルプデスクのマネージャーに、会社のサーバーのログ調査をひそかに依頼した。送付時間からみて、メールは会社のPCから送られた可能性があると踏んだのだ。
 その日WEBメールに頻繁にアクセスした女子社員は十名以上いたが、そのうちの一人が神田だった。彼女のアクセス履歴が月曜日から唐突に始まっており、それ以前は存在しなかったことから、十中八九こいつだろうと当たりをつけたのだが、さっき全員の前で弁当の話を持ち出した際、神田の眼を一瞬だけ横切った狼狽によって、疑念は確信に変わった。
 五分と経たずに、神田はレストランから出てきた。判決を受ける被告人といった面持ちで、化粧気のない顔の血の気が失せている。
「籾山のUSBある?」
 直己は彼女の眼の前に立ち、気軽な声で話しかけた。
「え・・・」
「もし今持ってたら返して。返してくれたら不問にするし忘れる。籾山にも神田さんのことは話さない」
 神田はたっぷり三十秒以上凝固していたが、バッグから青いUSBを取り出し、直己に渡した。
「どーも」
「何も聞かないんですか」
 直己の顔を見ず、撥ねつけるような口調で聞く。
「聞くって?」
「どうしてこんなことしたの、とかです」
「悪いけどゆっくり話聞いてる暇ねーの。でもこれだけは言っとく。神田さんの気持ちに応えられない。ごめん」
「・・・最初から何も期待してません。どんなに好きでも、あたしじゃどうにもなんない事はわかってます。でも、ずるい」
 背の低い神田は直己の胸の真ん中を凝視し、強い語尾を切った。
「籾山さんってずるい。あの人全部持ってるのに。日の当たる場所の仕事も、運も、好かれる見た目も」
 唇をきつく噛み、再び解放して言葉を吐きだした。
「あたし・・あたしは彼女と同期入社です。でも彼女が講堂でマイク握ってるとき、あたしはお弁当とお茶配ってるんです。仕事ができないわけじゃない。でも積極的じゃないし、要領よく立ちまわれないし、引き立ててもらえないんです。幾ら頑張ったって雑用だけで終わるんです一生」
「一生ってこたあねっしょ」
「宇田川さんにはわかりません。絶対にわからないです」
 この流れはやばい。頼むから今泣いてくれるなと必死で念じたが、神田は両手で顔を覆った。
「お前なあ・・」
 ついお前呼ばわりをしながら、直己は周囲を見回した。繁華街のど真ん中で泣いている女と泣かせている男。全くいい見世物だ。
「部署はロジスティックスだろ? だったら物流システムの改善案を作成して上司に提出しろ」
 神田の嗚咽が止まった。度肝を抜かれた表情で直己の顔を見上げる。
「そーゆーのやったことある?」
「・・・いえ」
「ねーだろうな。アシスタントの仕事じゃねーからな。あのな、弁当配ることの何が不満なのかは知らねーけど、もしそれがマジで嫌なら他の仕事ができることを証明しろ。物流の問題点を炙り出して解決策を示せ。そういう仕事を死に物狂いでやるんだよ。諦めずにやりゃあ認められる可能性はある。ただし他人に認められることを期待しすぎるな」
 神田はハニワのように口を開けて絶句していた。
「あの・・・でも」
「何よ」
「そんなの、あたしが作ったって誰にも読んでもらえないです。頼まれもしないのに」
「頼まれ仕事だけやってっから僻み根性が発達すんだよ。仕事は自分でもぎ取るもんなの」
「だって、あたしにできるんでしょうか」
「できるかできねーかは自分で決めろ。本気で決めりゃ大概はその通りになる」
 なんでこんな女相手に熱弁を振るってんだ俺は、と呆れるが、この上もなく真摯な自分がいっそ笑える。
「わかった?」
「はい・・・」
「じゃもう行ってちょーだい」
「え」
「俺をここに置いて自分から去ってください。俺が去るより心情的にマシっしょ?」
 神田はバッグからハンカチを取り出し、俯いて涙と鼻水を拭いた。顔を上げた時、その表情は普段の硬さとは打って変わった、複雑怪奇な泣き笑いに変わっていた。
「・・・優しいですね」
「優しかねーよ」
 神田は首を横に振った。
「男の人は・・・大抵あたしを空気みたいに無視するんです。わざわざ声なんかかけません。でも宇田川さんだけは、笑顔で話しかけてくれるのが嬉しかった。今も優しくて、すごく優しくて・・・罪作りです」
 神田はひょこっと頭を下げると、直己に背を向けた。どこの店で買ったのやら、ぞろりと長いスカートで歩く後ろ姿が雑踏の向こうに消えると、「だから女はやなんだよ」と直己は吐き捨てた。
 美人でも不細工でも、女は一律に面倒くさい。三羽ガラスもアシスタント軍団も、とにかく面倒きわまりない。無性に腹が立つ。心臓に小さな杭を打たれたような罪悪感が、何の理由もなく胸を刺していることに。




ラヴァーボーイの受難 (3)
「身を引くって表現、実生活ではじめて目にした」
 香枝は平坦な声で言った。横から覗いて読んだ直己は「すげー僻んでんな」と呟き、地下二階のボタンを押した。ビルの地下は駐車場で人気がほとんどないので密談がしやすいのだ。
「僻んでる?」
「裏を返せば、お前が『我が物顔』で仕事してて『目立ってる』から面白くねーってことだろ。要するに嫉妬だよ」
「嫉妬・・・」
 香枝は反芻し、シルバーのネックレスを指で弄んだ。
「ねえ、『陰で支える』ことに価値を置くのは職種の影響か、それともこの人の生き方がそうだってことなのかなあ」
「生き方と職種はリンクする。たぶんバックオフィスのサポート職で、本人の自己評価より職位もしくは年俸が低いヤツ」
「あは、すごいプロファイリングだね。大胆すぎるような、的を射てるような」
 地下二階でエレベーターを降りて歩き、薄暗い駐車場の一番端まで来ると、香枝は殺風景な白壁に背をもたれ、直己を見た。
「なんかこういう嫉妬って怖い。自分にもある感情で、理解できなくもないから尚更」
 恋愛における嫉妬深さという点では直己も人後に落ちないが、この手のメールを送りつける陰湿な心理は全く理解できない。
「まー気にすんな。このアドレス拒否ってみて、まだしつこくしてくるよーなら対策考えりゃいいし」
「あーあ、やっぱり直己が悪いんだ」
「はい?」
「もっとモテないように努力してよ。そのシャツもなんかチャラいし」
「アホか。職場で色目使いまくってるわけじゃなし、俺にも俺のシャツにも責任はございません。ところでお前、今日も畑中んちに泊まんの?」
「え?」
「今日は畑中んとこで寝るんすか? それともうちで?」
「・・・直己んち」
「聞こえねー」
「直己のマンションに行きます。よろしいでしょーか?」
「いいけど」
 ついニヤつきながら顔を近づけると、香枝は苦笑を滲ませた眼を逸らした。彼女の肩に置いた手を二の腕にすべらせながら、こめかみに唇を寄せ、「来るだけじゃなくて、一緒に暮らせば」と性懲りもなく囁いてみる。
「ちょっと・・近いって。人が来るよ?」
「一緒に暮らすって言ったら離れる」
「もう、だから」
「言われて嬉しい癖に・・・嬉しくても断ってみせる節度ある自分が好き?」
「もう行く。ミーティング用の買い物しないと」
 香枝は直己の胸を押してどかせると、赤くなった顔を背けて歩き出した。

 自分のデスクに戻ったとたん、待ち構えていたようにトラブルの火の矢が飛び込み、直己の頬に残っていたニヤつきの影は一掃された。
 まず、今週末のイベントに招待しているJリーグの契約選手が、型落ちのシューズを故意に履いて試合に出場したという、契約違反の報告を受けた。まだ二十歳のその選手はブランド・アイコンとしての自覚が薄く、「俺は新しいのよりこっちが好きなんです」と主張して譲らないという。イベント中に宣伝価値のない旧型シューズを履かれては、メーカー側はたまったものではない。早急に会ってシューズを回収しなくてはならないが、説得が担当者の手に余るため、明晩のアポに直己も同行することになった。
 イベントのバイト指導員が急病で倒れたとか、業者の納期が遅れるとか、芳しくない報告ばかりが次々と舞い込み、顔面蒼白の部下を激励しつつディレクターからのプレッシャーに抗弁し、「俺って中間管理職よね」とボヤきながらミーティングに行って戻ってくると、デスクの上にすき焼き弁当が乗っていた。老舗の高級品だが、誰が置いたのやらメモも何もついてない。
「この弁当俺んとこに置いたの誰?」
 立ちあがって大声で聞いたが、「えー知りません」「どっかのランチョンの余りじゃね?」と周囲の反応は薄い。気味が悪いので放置し、マーケの男二人とつけ麺屋で遅い昼食をとった。話題はもちろん『あの籾山をどうやって落としたのか』等に持っていかれるのだが、「職場ではただの同僚なんで、今まで通りってことでよろしく」と鉄面皮の笑顔で踏み込ませなかった。食べ終わるや二人と別れて、運河沿いのボードウォークで徹夜明けの脳を休めていると、会社携帯に例の女からメールが入った。
『すき焼きはお嫌いでしたか?』
 携帯を運河に投げ込みたい衝動にかられたが、パンツのポケットにねじ込んで会社に戻り、午後の予算会議に出席するためにCFOの個室に向かった。個室の外で会議用のミネラルウォーターを準備しているアシスタントに「こんちっす」と声をかける。
「あーウタさん、おつかれ」
「萩尾さん、明日の食事会ってアシスタント全員来んの?」
「えーと、二、三人来られない人もいるわよ。スクープの内情聞けなくてガッカリしてるんじゃないかな」
「ロジスティックスの神田さんとかは? スクープに興味なさそーな真面目な人だけど」
「来るわよ。だって興味ない人なんかいないでしょ」
 萩尾は流線型の眉をあげて、おどけた表情をつくってみせた。入社間もない頃、直己は酔ったこの女に口説かれたことがあるが、今は互いに忘れたフリをしている仲だ。
「ま、お手柔らかにお願い」
 直己は苦笑いを浮かべ、CFOの個室に入った。

 その日の午後も引き続きトラブル対応に追われ、ろくに腰を下ろす暇もなかった。夜は夜でパーティーの進行役を務め、二次会まできっちり参加した直己がタクシーで帰宅したのは、午前三時だった。香枝はまだ起きていて、二人用の小さなダイニングテーブルに陣取り、会社のノートパソコンを開いて仕事をしていた。
「お帰り」
 表情のない横目でこっちをチラッと見やる。かなり機嫌が悪そうだ。愛犬のビアンカのようなお出迎え笑顔(犬だって嬉しければ笑う)を期待していたわけではないが、疲労度の高い一日を過ごした不快指数がアップした。
「例の女は?」
「あれからメールはこなかった。アドレス拒否ったし」
 「そ」と言ってネクタイを外し、バスルームに向かおうとする直己の背中に「USB盗まれた」と、香枝はぶっきらぼうな言葉を投げた。
「え?」
「今日の午後、PCにさしっぱなしにして席外したスキに、あたしのUSBがなくなったの。契約用プレゼンの最新版を入れてたヤツ」
「倉田さんに報告したか?」
「真っ先にしたよ。でもあたしが失くしたって思ってる。『毎日楽しくて注意がおろそかになってんじゃないの』ってからかわれたよ」
 香枝の声が低く感情を表さないのは、静かに怒り狂っている証拠だ。
「席はずしてたのは何分」
「一時間半。ミーティングだったから」
「それ席外しじゃなくて立派な不在だろ。お前リスクマネジメントのセミナー受けたっしょ?」
「危機管理意識が甘かったのは認める。でもプレゼンにはパスワードかけてるし、そもそも今説教とか聞きたくないから黙って」
「黙っててほしいんなら報告すんな」
 刺々しい応酬に終止符を打つため、直己はバスルームに入り、シャワーのコックをひねった。前面の壁に両手をつき、頭を垂れて強い水勢を背中に受けながら息を吐く。
 USBを盗んだのはもちろんメール女の仕業に違いない。契約用のプレゼンは社外秘の機密書類ではあるが、情報漏洩に関しては心配する必要はないだろう。小学生が誰かの上履きを隠したりするのと同類で、浅はかな嫌がらせに過ぎない。
 裸の腰にバスタオルを巻きつけてバスルームを出ると、香枝はもうベッドに入っていた。眠っているのかタヌキ寝入りか、白いTシャツの背中はピクリとも動かない。
「おやすみなさいませ」
 独り言の口調がつい皮肉っぽくなる。直己はグラスに注いだミネラルウォーターを飲み干すと、彼女に背を向けてダブルベッドに滑り込み眼を閉じた。昨夜は一睡もしていないので速効で落ち、三時間後に目覚めたとき香枝はもう出勤したらしく部屋にいなかった。ダイニングテーブルの上に、ラップをかけた二個のお握りとメモが置かれている。何か事務的な連絡だろうかと、若干重たい気分でメモを取り上げた。

『お握りの中身なーんだ? 当てたら直己にキス一個。外れたら直己があたしにキス一個』

 予想外の甘さに破顔一笑した。メモの右隅に『イライラしててごめん。今日は笑顔で話そ?』と極小の字で書き添えてある。
 鮭かな、と推測してお握りを割ると、中身は直己の好きな牛肉の佃煮だった。口に放り込んで咀嚼しながら、今この瞬間の彼女の不在を呪った。抱きしめてキスをしたい。一個と言わず何個でも。
 もし自分の勘が正しければ、今晩の食事会でメール女の件は解決するだろう。そうすれば香枝の顔に晴れやかな笑顔が戻る。日曜日に網膜に焼き付けた、夏の陽射しのようなあの笑顔が。




ラヴァーボーイの受難 (2)
「誰こいつ。会社辞めてくださいってことは社内の人間だよな」
 本当にわからないので首を捻ったが、香枝は頬に落ちた髪をかきあげながら、冷たい視線で直己の顔を刺した。
「直己さぁ、あたしの前に社内で付き合ったコとかいた? 全く聞きたくないけど教えて」
「いない」
「嘘」
「一人いたことはいたけど、とっくに退職したから関係ない」
「いたんじゃん」
「いたっつーか合意の上で遊んだだけ。向こうは結婚決まってたし」
「それ誰? いつの話?」
「お前と付き合う前」
 香枝はしばらく黙っていたが、蛍光灯の光を反射させた眼をパッと見開いた。
「わかった受付のコだ! モデルみたいな受付嬢が入ったって皆騒いでたもん。芸能人と結婚してすぐに辞めちゃったあのコでしょ? 絶対そうだ。うわーもぉありえない! エロオヤジ!」
 スゲー勘だなおい、と驚愕しながらも直己は平静な表情を保った。
「誰がオヤジだ?」
「あたしのこと前から好きだったって言ったくせに、社内の女子に手出してたんだ? しかも婚約者いるコってどーゆーこと?」
「お前焦点ズレまくってんぞ。犯人探しのために俺を呼び出したんだろが。つっても、さっぱりわかんねーけどな。社内では他に何もなかったし」
「社内では?」
 香枝の眉が引き絞られる。失言だ。直己は額の真ん中に拳を当て、一瞬眼を閉じた。
「だから現在進行形じゃねーし、マジで付き合ってたわけでもないって」
「マジじゃないとか言えばあたしが平気になるって思ってんの? 遊び人発言すぎてめちゃめちゃ萎える。ていうかもっとちゃんと考えてよ。あんたが遊んだ女をあたしが知ってるわけないんだから!」
「落ち着けって、おい」
「今日は沙織んちに泊る」
 香枝は直己の右肩を突き飛ばすようにして脇をすり抜けると、ドアを開けて出ていった。大股で遠ざかる足音を聞きながら、直己はデスクに尻を乗せてため息をついたが、少し考えて立ち上がり、十九階のIT部に向かった。

「あ、帰ってきたか」
 再び十七階に戻ると、営業部の三宅が直己のデスクの傍に立っていた。
「なんか気になったんで来てみた。元気っすか?」
「お前時間ある? 一杯飲まね?」
「いいけど、宇田川大変だろ今」
「どーせなら一杯飲んでから徹夜する」
 三宅と共に隣のビルのブリティッシュパブに移動した。狭いパブ内のテーブルは先客に占領されていたので、イギリス式の立ち飲みスタイルに徹することにする。
 今日起こったことを手短に話すと、三宅は「はあ、大変だ」と呟き、ギネスのクリーミーな泡のついた上唇を指で拭った。
「まーでも正直、この『熱愛発覚』で泣いた女の子多いと思うよ。宇田川って罪つくりなヤツだもん」
「どこがよ」
「どこってなんか全体的に」
「あのな、職場恋愛とか面倒だから徹底的に避けてたし、後腐れねーのしか相手にしなかったし、こんなことされる理由なんかねっつの」
「へー職場恋愛避けてたんだ。じゃ籾山ちゃんは例外だったってこと?」
 直己は揶揄に満ちた三宅の顔を横目で見やり、そう、香枝だけが例外だった、と心の中で答えた。彼女は自分の存在が直己の心に占める大きさのことを、わかっていないのかもしれないが。
 確かに自分は女が好きだし、学生時代は相当の遊び人でもあったのだが、仕事人間へと変貌する種が土壌に撒かれたのも同じ時代だった。直己は大学間の大規模な交流イベントの企画運営を三年間に渡って仕切り、毎年八桁の収益を叩きだしていた。『人が動けば金が動く』という経済の基本原則を、二十歳の時には体得していたのである。
 会社という組織に組み込まれた当初は縛りのきつさに苦戦したが、上司に恵まれた幸いも手伝って、やりたいことをやる地均しを終えるのに一年もかからなかった。仕事は果てしないチャレンジの連続となり、茨を切り開いて進撃する愉悦の代償として極めて多忙になった生活の中で、女は「必要だが二の次」という存在に格落ちした。それを受容できる女は生憎この世におらず、泣かれても剣突を喰らわされても、自分を変えることはできないと信じていた。頭から信じ込んでいたのだ。香枝とこうなるまでは。
 真っ直ぐな女。「好き」と囁くときも、怒るときも、仕事をするときも、泣くときも、何一つ誤魔化しのない女だ。
 しっかりしている割に抜けているので、彼女を一人にしておきたくなかった。一緒に暮らしたい。もうこいつと結婚してもいいかな、と衝動的な提案までしてしまったのだが、結婚はおろか「やっぱり同棲ってだらしない感じがする。なるべく早く引っ越し先探すから」と却下されたのは残念至極なことである。
「でさー、宇田川」
 三宅に呼ばれて我に帰った直己は、「ん」と聞いて残りのギネスを飲み干した。
「大阪でのデートは楽しかったっすか?」
「ブルータス、お前もか」
 直己は吹き出し、「めちゃくちゃ楽しかった」と本音を言った。
「あ、そーだ。後でお前の彼女に電話かけていい? 聞きたいことあんで」
「別に断んなくていいよ。もともと宇田川の友達なんだし」
 一杯だけ飲んで三宅と別れ、夏の粘りつくような夜風に吹かれながら、直己は昨日のことを思った。
 人でごった返した大阪のミナミの街を歩く間、香枝は片時も直己の手を離さなかった。炎暑で顔を真っ赤にしながら幸せそうだった。幸せそうな彼女を見つめることが幸せだと柄にもなく思い、直己は言葉少なに彼女を見つめたり、活気のある街を眺めたりしていた。
 夕方にホテルに戻ると、香枝が東京に帰る時刻まで、一秒を惜しんで愛し合った。「お腹が空いた」「食い倒れの街に来てんのに、たこ焼きしか食ってねー」と口では言いながら、互いの肌のぬくもりを離せずにのめりこんだ蜜のような時間は昨日のことなのに、一夜明けたらこの状況とは、愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
 直己は汗でじっとりと湿った首筋を撫でながら、三宅の彼女である悪友女子に電話をかけ、「お前さー日曜の『パルパラ天国』って番組観てる?」と聞いた。
「ちょっと何よいきなり。挨拶なし? 観てるけど」
「お前なら知ってるかと思って。一つ教えて欲しいんだけど」
 直己は、自分の物差しでは世界一重要と思われる質問を口に出した。


 夜通しの仕事のメドがやっとついたので、朝方に一旦自宅に戻った。今夜のパーティーのため、スーツに着替えなくてはならない。シャワーを済ませて身支度を整えていると、会社携帯にメールが届いた。
『突然のメール失礼します。籾山さんはやめたほうがいいと思います。自己主張しすぎるし、気が強過ぎるし、一部の人たちから嫌われてます。もっと女性見る目を磨いたほうがいいんじゃないですか』
「一部の人たちって、あんた以外の誰」
 直己は鼻で笑った。香枝へのメールと同一アドレスであることを確認して携帯を閉じ、再び出社した。IT部に出向いて、昨夜依頼した件の報告を受けた後、考え込みながら廊下を歩いていると営業部の連中と出くわした。
「おー、ウタちゃん!」
 揃って雀を見つけた猫のような顔になり、一斉に直己に飛びかかってきた。
「おっまえ俺らによく黙ってたなあ」
「どーやって籾山落としたの。男に興味ありまっせーんって顔してたのに」
「いてーよ。後で遊んだげるからとりあえず離そう」
 頭をもみくちゃにされながら、直己はつられて笑った。
「おっ、噂をすればなんとやら」
 一人が嬉しそうな声をあげた。財布と携帯を手に持った香枝が、こっちに向かって歩いてくる。直己がからかわれている理由がわかるのだろう、困惑と照れを努めて隠そうとしている。ノースリーブのシャツワンピースが、体の線を控えめに主張して女っぽい。
「籾山ちゃん、今日は一段とキレーっすねー」
「朝のチューしなくていいんすか?」
 陽気な冷やかしに「バカじゃん? 廊下占拠しないでよ。ジャマジャマ」と香枝は強気な笑顔で答えた。
「どこ行くの」
 と直己は聞いた。
「コンビニ」
 直己は営業連中を振り払って香枝の横を歩き出した。「きゃーお似合いよー」と声が飛んだが無視を決め込み、エレベーターホールの前で立ち止まった彼女に、「まだ怒ってんの?」と前を向いたまま聞いた。
「不愉快だけど、もう怒ってない」
 香枝は鼻でため息をついた。
「あのメール送ってきた人、完璧な片思いなんだと思う。そう思い直したの。攻撃があたしだけに向けられてるから」
「待ちに待ったご正解」
「イヤミっぽい言い方しないでよ」
 下りのエレベーターに乗り込みながら、香枝は会社携帯を開けてメールを再読した。
「ムカつくけど無視してればいいのかな。今後のしつこさ加減にもよるけど・・・」
 と言った途端に手の中の携帯が鳴り、新しいメールが届いた。
『いつも我が物顔で、仕事でも何でも自分が目立つことが第一のあなたは、彼にぜんぜんふさわしくないですよ。彼には陰で支えてくれる女性のほうが似合います。身を引いてください』




ラヴァーボーイの受難 (1)
 月曜日の午後四時、新幹線から東京駅のホームに降り立った直己は、重いため息を禁じ得なかった。昼過ぎに届いた香枝からの短いメールにはこうあった。
『沙織からメールきた。社内のウワサが、交際疑惑 → 熱愛発覚に昇格したって』
 昨夜、最終の新幹線で直己より先に大阪から東京に戻った香枝は、今週末のスポーツイベントの打ち合わせのため、今日は終日外出している。
 営業部の三宅からのメールはもっと短かったが、ため息の重量を倍増させる内容だった。
『当分はゴシップの的だよ。覚悟したほうがいい』
 直己はキャリーケースを手荒に引きずりながら、八重洲口のタクシー乗り場に足を向けた。芸能人じゃあるまいし私生活を取り沙汰される謂れなどないが、よりによって、マーケのあの「お喋り三羽ガラス」に目撃されたのは痛かった。
 直己は、職場の異性の自分に対する感情を分類し対処することに慣れている。無関心なら大いに結構、好意が高まりすぎれば適宜冷水を浴びせるが、三羽ガラスは直己に物見高い関心を寄せるだけではなく、格好のネタがあれば社内に配信する、ワイドショーのレポーターのような輩だった。
 直己はタクシーに乗り込み、彼女達の会社のアドレスにメールをした。
『あと十五分で帰社するから、お前ら三人雁首揃えて二十階の会議室に出頭しろ』

 十七階のフロアに着くと、部下に出張みやげを手渡しながら周囲を見渡した。パーテーションに阻まれて社員の表情は見えないが、この静かな空間のなかで一体何十通のゴシップメールが飛び交ったことだろうか。
「大阪はどーでしたぁ?」
 部下の女子の顔には、「私も知ってるんですよ~」と言いたげな含み笑いが吹きこぼれんばかりだ。
「めっちゃ暑かった。もー顔がヒリヒリしちゃってさ」
 彼女に背を向けたと同時に笑顔を消すと、直己は階段で二十階に向かった。会議室のドアを開け、三人の姿を確認するや、「お揃いで」とドスのきいた声を発した。後ろ手でドアを閉めながら、気圧された顔を揃えた彼女達を冷ややかに見つめる。
「楽しっすか? 人のプライベートを言いふらすのは」
「え? そん・・別に、言い、言いふらしてないし」
「だ、だってまさかあんなとこで会うなんて、ビックリしちゃって」
「俺は籾山と付き合ってる。お前らが見た通りに」
 デスクに両手をつき、唇の両端を心持ち釣り上げた。
「これだけは言っとくけど、俺は私情を仕事に持ち込むような真似はしねーし、籾山を特別扱いするつもりもない。籾山にしたってそれは同じで、あいつがどんな仕事をしてきたかはお前らもわかってると思う。噂したって構わねーけど、そういうことはちゃんと頭に入れた上で喋って欲しい。いいね」
 最後は意図的に語調を和らげたので、三羽ガラスは肩を落とした。
「そんなことわかってるよ。ただ超意外だったから、ドギモ抜かれただけで」
「そーそー。あたしらに黙ってたのも若干ムカついたし」
お前らにだけは知られたくなかった、と内心でうそぶき、直己はアルカイック・スマイルを浮かべた。
「ねーねー、いつから付き合ってたの?」
「二人仲悪かったのにさー」
「口にチャックできない人には教えません」
 直己は三人を促して会議室の外に出た。席に戻ってメールをチェックしていると、シニアマネージャーの倉田から内線電話があった。
「悪いけどさあ、俺んとこまで来てくれる?」
 香枝の直属の上司である倉田は、パーテーションに区切られたキュービクルではなく、小さな個室を与えられている。ノックして入室すると、倉田は「お前と籾山デキてるんだってねー」とのんきな口調で言った。
「関西出張も一緒に行ったって聞いたけど。まさかあいつ経費で落とすつもりじゃないよな。どういう意向だか本人から聞いてる?」
「経費でなんか落としませんよ。なんで籾山じゃなくて俺に聞くんすか」
「あいつも一応女の子だから聞きづらいじゃん。で、お前はちゃんと関西で仕事してたんだよな?」
「あのですね」
 直己は苦笑いした。出張報告書は帰りの車中で書き上げ、直属の上司のディレクターと、倉田を含む関係者全員にとっくにメール済である。
「こっちは仕事で籾山は完全なプライベートっすよ。公私の区別はしてます」
 倉田は「ふーん」と興味なさげな鼻声を出し、「で、いつからデキてたの?」と身を乗り出した。
「知りたいっすか? 明日のパーティーの進行役、俺と変わってくれたら教えますよ。もともと倉田さんの仕事だしあれ」
「やだ。俺人前で話すの苦手だもん」
 そっすか、そんじゃ急ぐんで失礼、と辞して再びデスクに戻ると、CFO ----- 最高財務管理者のアシスタントからメールが入っていた。
『あさっての水曜の夜、毎月恒例のアシスタント食事会をします。宇田川さん、よかったら顔を出してもらえませんか? 一同お待ちしてます!』
「うっと・・」
 思わず小声で呻く。
 各部署に一人ずついる「アシスタント」は、要するに秘書業務と庶務全般をこなすグループ・セクレタリーだが、職位の低さとは裏腹に、社員からは『陰のボス猿』と呼ばれている。部署の最高管理職であるディレクターと密に接するためか、妙にプライドの高い女が多いので取り扱いには注意が必要だ。
『行けたら行くんで、時間と場所メールしといて』
 曖昧な返信をして、マーケのアシスタントのデスクまで足を運んだ。ロジスティックス部のアシスタントがデスクの横に立っている。
「あ、ウタさーん、いいとこに来たー」
 「亜樹ちゃん」と皆から可愛がられているマーケのアシスタントは、爛々と眼を輝かせた。ロジスティックスのほうは礼儀正しく頭をさげたので、直己は「元気?」と笑顔で挨拶し、二人の顔を均等に見ながら聞いた。
「明後日の食事会に俺も誘われてんだけど、あれ何?」
「あーあれね。皆聞く気マンマンですよー。だって出張に連れてっちゃうなんて超スクープじゃないですかー。で、ウタさん! 籾山さんとラブラブなんですか? 結婚とかしちゃうんですか? ねーマジビックリってゆーか、むしろショックだよねぇ神田さん」
「ええ、まあ」
 神田は真っ黒なおかっぱ頭を揺らして無表情に頷いた。同じアシスタントでもこっちは亜樹とは対極的に大人しい。
「お前らそこまで暇なのか? 仕事しろ」
「してますよー。でもウチらの仕事なんて、ボスのスケジュール調整とかコピー取りとか会議のお弁当配りばっかりだし、こういう余興は必要なんですって」
「余興言うな」
「あ、そうだ。来週来るアメリカ人軍団のランチはトンカツ弁当でいいですかね?」
「ベジタリアンが二人いるから、サンドイッチのほうがいいと思うけど」
 という冷静な神田の声を背に、コーヒーを淹れてデスクに戻ると、海外出張中の上司からメールが来た。
『プライベートなことに首突っ込むつもりはないけど、籾山を出張に同行させたことについて説明願います。このメールを読み次第、携帯に電話ください』
 直己は椅子の背にもたれかかって天を仰ぎ、「仕事させてくれ」と呻いた。


 その夜、香枝が外出先から直帰せず、九時半にオフィスに戻ったのは、「どうしても直己と直接話したい件がある」からだという。携帯の向こうの彼女の声は、お世辞にも朗らかとは言えなかったが、こっちはこっちで大わらわだ。明晩はサッカー協会の重鎮を招待したパーティーがあるのだが、会場で流すビデオクリップに、土壇場で変更を加えることになり、それに伴ってプレゼン内容も大幅に変えるため、今晩は他のスタッフ共々、徹夜仕事になりそうだ。
 待ち合わせた会議室に先に来ていた香枝は、立ったま白いシャツの両腕を組み、表情を硬く引き締めている。
「話したい事って何よ? 家で話しゃいーのに」
 香枝は先週、自宅のマンション付近で変な男どもに襲われそうになったため、当分の間直己のマンションで寝泊まりすることになっている。
「携帯持ってきてくれた? 会社と個人の両方」
「え? ああ」
「これ見て」
 差し出された会社携帯の画面には、安い昼ドラのような文面が表示されていた。

『宇田川さんと別れてください』

「は、なんだこりゃ」
「同じアドレスから六件もメールが来た。差出人の名前はなし。このアドレスに見覚えある?」
「これWEBメールじゃん。こんなの幾らでも作れっし、わかるわけねーだろ」
「念のため検索して」
 二つの携帯を合わせればアドレス帳には千件を軽く超す登録があるが、やはり該当するアドレスはなかった。直己は六件のメールを全て読んだ。
『あなたみたいなでしゃばりな人、目障りだから会社辞めて欲しいです。どうせ自分で噂流したんでしょ? あなたには宇田川さんは似合いませんよ』
 などという、怒りと嫉妬に満ち満ちたメールが並んでいる。





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