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KIKI歌野

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KIKI歌野の、たあいないものがたり
小説を書いています。官能を含む恋愛小説、普通の小説をぼちぼち載せていきます。たぶんまあまあ面白いです(つまんなくても暖かい目で見守ってください・・笑)


  NEW!!☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 2012年8月
 直己×香枝の最新作『パーフェクト・ビューティー・オブ・ライフ』アップしました。

 ゴメンナサイ、今回は有料コンテンツですが、(1)のみ無料で試し読みしていた
 だけます。

  皆様から寄せられたご感想はコチラ → ★★

 
 2010年11月
 直己×香枝の第四弾『ラヴァーボーイの受難』アップしました。


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午前二時四十五分のカラス
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午前二時四十五分のカラス



 さぶちゃんは啼かなかった。
 そう、さぶちゃんはおじいちゃんが死んでから啼かなくなり、けだるげに眼を閉じて羽を膨らませ、ある朝カゴの底で冷たくなっていた。生きていたときと同じように、朝日が赤いクチバシを照らしていた。おじいちゃんの死よりも鮮やかにそれを憶えているのはなぜだろう。私が物心ついた頃には、家で一番日当たりのいい窓辺に置かれたカゴを指差して、「おじいちゃんの鳥」と父母が呼んでいたから、死んだのはたぶん寿命のせいだ。けれど私はディズニーとジブリしか知らずに二十一歳になった。だから愛らしかった桜文鳥はおじいちゃんの後を追ったんだと思い込むほうが性にあう。

 スタンドをつけて壁時計を見る。午前二時二十五分。家の中も外も、死に絶えたように音がない。私はベッドの脇のカラーボックスに手を伸ばし、分厚いノートを掴み取った。あやしいまでに細い、日に日にものが重たくなる手。死がこの心臓に到達するのはいつの日なんだろう。

 長谷部太一の心臓は、三年前の十一月十六日に鼓動を止めた。
「こう言っちゃなんだけど、いつ死んでもおかしくないって思ってた。めっちゃ暗かったしね長谷部」
 彼の自殺に対する、クラスメートの感想はそんなところだった。小太りでマンガの狸みたいな顔で、友達もおらず、私と同じくらい存在感のない子だった。彼が遺したこのノートの中身は支離滅裂なホラー小説だ。指先が白くなるほど、ボールペンを握り締めて書いたんだろう、紙を突き破りそうな強い筆圧が、ノート二十六枚に渡って続いている。

 私がこれを持っているのは、彼のお母さんに渡されたからだ。「僕が死んだらこれを向井翠さんに渡してください」とノートの末尾にあった。話したこともないのになんでって気味が悪かったけど、今は理由がわかる。私は二ヶ月前に退院してからこのノートをしょっちゅう手に取るようになった。死を愛撫してより親密になるために。

 私は近いうちに死ぬ。お母さんは夜中に泣いているし、私のワガママはなんでも叶える意気込みの父母を見れば、どんなバカだってそれはわかる。別にいい。この二十一年間、私は寝て食べて排泄しただけだった。これからまた二十一年間を生きても、寝て食べて排泄以外のことは何もない。

 長谷部の小説のタイトルは『午前二時四十五分のカラス』という。内容はありがちな呪いもので、「丑の上刻にカラスの声を三度耳にしたものは、その翌日に死ぬ」とお告げを下された村人が次々と死んでいき、その呪いは現代に至るまで連綿と続く、というものだ。   
呪いの主は津軽の若い巫女だ。巫女は村の若者に陵辱された復讐として村人を次々と呪い殺しながら、忌まわしい子供を死産してこときれる。巫女は死んでも呪いは生き残る。

『午前二時四十五分に、カラスが三度鳴くのを聞いた人は翌日に死ぬ』

ある高校でそんな噂がひそかに流れ、登場人物は出てきては死に、主人公の女の子が死ぬところで二十六ページの小説は終わっている。文章も構成もお粗末だから怖くもないけれど、小説が終わった次のページに、こう書かれている。
「十一月十五日の深夜、窓の外でカラスが鳴いた。澄んだ太い声で鳴いた。一回、二回・・・三回。午前二時四十五分。体中の力がふうっと抜けた。次は僕だ。僕は死なねば ならない。明日 死なねば ならない」
 翌日、彼は自宅のマンションから飛び降りた。遺書はなかった。けれど彼のみすぼらしく孤独な人生に与えられた呪いのバトンを、私はこの手に受け取った。

 おかしいだろうか。私は長谷部太一を、親友のように感じ始めている。もちろん本物の親友なんか持ったことはない。八回の入院と二回の手術と何千日かの病床生活を送った私のベッドを二度以上訪ねたのは、ただ一人の女の子だけだった。高校のクラスメートだった彼女は、卒業後も(私は入院生活が長くて卒業できなかったけど)たびたび家に来て、優しく話しかけ、毎日お経を唱えれば幸せになれると言った。新興宗教の信者であることが私の両親にばれてからは家に来なくなった。手紙をやりとりした子もいた。彼氏と毎日会ってて忙しいとはしゃいだ手紙が来るようになった。私は生まれつき心臓も内臓も骨も異常で、二十歳まで生き延びれば奇跡だと宣告された体だから、恋愛は一生無理だと返事をすると、音信は途絶えた。入院中に千羽鶴をくれたクラスの人たちもいた。個人的に訪ねてくれる人は一人もいなかった。その色とりどりの千羽鶴は私の感謝のミイラのように、今でも私の部屋にある。
長谷部の人生を私は知らない。けれど彼はこのノートを私に託した。だから次に逝くのは私であるべきなのだ。呪い上等。どうか私をクソみたいな寝たきりライフから解放してください。

 午前二時四十一分。私はスタンドを消し、仰向けに横たわった。節々が染むように痛い。後頭部が枕に溶け出し、体ががらんどうになっていく。
 何かの音がした。羽音のようだった。眼だけを動かして窓を見る。車が一台近づき、締め切ったカーテンに、ヘッドライトが射した。大きな鳥がベランダの柵にとまっている、そのシルエットが浮き出す。漆黒の夜にカラスが鳴いた。短く三回。確認するまでもなく時間はわかっていた。私は微笑んで眼を閉じた。


 午前八時。起き上がって大丈夫なのとお母さんが聞いた。トイレに行くのにさえ介添えが必要な私は、ダイニングテーブルに手をつき、椅子に座った。お父さんはもう出勤したらしい。今朝は食欲があるみたいと言うと、お母さんは眼を見開き、キッチンでお粥のしたくを始めた。
「お粥じゃなくてパンが食べたいな。ジャムと紅茶と、果物も」
 こんな長いセンテンスを口に出すのは、いつ以来だろう。お母さんは財布を掴むと二十四時間営業のスーパーに飛んでいった。私はテーブルのリモコンを手に取り、テレビをつけた。電気ポットから白い湯気がのぼる。庭のナンテンの木が色づきはじめている。ナンテンは「難を転ずる」から縁起がいいのだと言って、私が小学四年生の秋にお父さんが植えた。ナンテンの見えるあの窓辺に、さぶちゃんはいた。カゴから出してやると、まっすぐに飛んでいく先は、いつもおじいちゃんの肩だった。
 お母さんが戻ってきた。焼きたてのパンに苺ジャム。ダージリン。瑞々しいグレープフルーツの断面。私はゆっくりと一口ずつ、一時間かけて全部食べた。吐いてしまうだろうと思ったけれど、そんなことはなかった。いつもの薬を飲み、リビングのソファで少し眠った。目が覚めると無性に外に出たくなった。まだ十一月の初めだというのに、お母さんは私にコートを着せてマフラーを巻き、腰と膝をひざ掛けで覆って車椅子に乗せた。空が青い。空気が澄み、微風がぴりぴりと頬に冷たい。風が冬を運んでくるのだ。そんなことも忘れていた。

 向こうからやってくる、ランドセルを背負った女の子の二人連れが、私をちらちらと見ている。私の首は頭を支える力がなく、いつも左右のどちらかに傾いでいる。骨と皮膚だけの白い顔は化け物みたいに見えるのに違いない。こんにちはとお母さんが声をかけると、背の高いほうの女の子が頭をさげた。甘い顔立ちの、すっきりと痩せた女の子だ。近所の奈々ちゃんよとお母さんが私に言う。
「奈々ちゃん、可愛いマスコットねえ、そのランドセルの」
小さなクマのプーさんがランドセルにぶらさがっている。
「可愛い。ホントに」
 私は奈々ちゃんに笑顔を向けた。縮こまった女の子達が通り過ぎ、ランドセルがカタカタと鳴る音を私は懐かしく聞いた。人生最後の日が晴れていて良かった。もう待たなくていいとわかると、世界が一変して愛おしい。
背後に足音が近づき、奈々ちゃんが軽やかな身のこなしで目の前に立った。ランドセルからはずしたプーさんを右手に持っている。
「あげる」
 私の膝に置くと名残惜しそうにプーさんの頭を撫で、飛ぶように逃げていった。
「あらあら奈々ちゃん、ちょっと」
お母さんが呼んだけど、奈々ちゃんは戻ってこなかった。私はコートの襟元にプーさんを入れ、寒くないようにしてあげた。ちょっとだけ借りよう。明日には私はもういなくなり、このプーさんはまた奈々ちゃんのものになるのだから。黙って車椅子を押していたお母さんが、また小鳥でも飼おうかねえと呟いた。
「うん飼おうよ。さぶちゃん、可愛かったもんね」
 短い外出から戻ると、私はお母さんに「ありがとう」と言った。たぶん今まで言ったことがないので、舌が縮んで言いづらかった。お母さんの眼が見る見る赤くなったので、見ないふりをした。

 お母さんは、お父さんにこっそり電話をしたらしく、夕方の早い時間に帰宅したお父さんは、鳥かごを携えていた。壺巣のなかの茶色い小鳥が、キョトンとこっちを見ている。モカ色のシナモン文鳥だ。白い頬、真っ赤なクチバシ、ペットショップで目についたので衝動買いしたと、お父さんは嘘をついた。手乗りのオスで、生後四ヶ月だという。お父さんが手を差し出すと、文鳥は小首をかしげ、おずおずと人差し指にとまった。お父さんの手から私の手に移されると、くるる?と疑問符をつけて文鳥は啼いた。私はソファに座り、力のない手のひらに小鳥を置いた。赤い目がナンテンの実みたいだ。愛されるために生まれた生き物はリラックスして手のひらにお腹を降ろし、ウトウトと眠り始めた。名前は何にしようかと、お父さんが背広を脱ぎながら聞いたので、「ナンテン」と私は言った。
その晩、私は夕食をダイニングテーブルでとった。だるくて食欲はなかったけど、最後の食事に楽しいジョークでも飛ばしたかった。でも私はひとつのジョークも知らない。長谷部もそうだったのだろうか。五感のシャッターを閉じなければ、死の樹木は育たないから。

 私は夜半に熱を出した。体中が嵐の舟のように軋み、内臓がねじれるように痛い。両親を起こさないように、私は呻き声をおさえた。そろそろ日付が変わり明日になる。この熱はわずかな余力を奪い去り、私は朝までに死ぬだろう。
どろりと濁った意識が水上に浮き沈みしている。
南の島に旅行したかった。一度でいいから好きな人と映画を観たかった。お洒落なカフェでお喋りしたり、たくさんの友達とメール交換をしたかった。

奈々ちゃんの軽い足音。息切れひとつせずに走る姿。私はあの子に生まれたかった。私以外の誰かに生まれたかった。私は私を憎むことに人生のすべての時間を使い切ってしまった。
死にたくない。こんな風に死にたくないと思いながら死にたくない。
 

 周囲は暗かったが、物音は聞こえた。誰かが急ぎ足で歩く音。小声で話すお母さんの声。薬品の刺激臭がする。ああ目が覚めた、とお母さんが叫んだ。
 私が完全に覚醒したのは、発熱した晩から四日後の夕方だった。「明日」は知らないうちに通り過ぎ、私は病院にいた。まだ呆然としながら、その一週間後に自宅に戻った。ナンテンの葉はいっそう鮮やかに色づき、文鳥のナンテンは私の手に飛んできた。午前二時四十五分のカラスのシルエットと啼き声は、私の網膜に、鼓膜にとどまっている。羽音さえ聞こえるような気がするのに、私の心臓はまだ命を宿している。長谷部。私はどうやらバトンを受けそこなってしまった。


 
 昼下がりの今、私は一人で家にいる。お父さんは会社。お母さんはスーパー。三時には奈々ちゃんがやってくる。私の絵本コレクションを見たいのだという。ソファに横たわる私の指にナンテンはじゃれつき、首をねじって私の顔を見上げる。窓が白く曇っている。私はナンテンの小さな頭にそっとキスをする。
私の目から涙が湧き出た。水弾きのいい背中の羽に水玉が三つ落ちて、ぱたぱたと転がり落ちていった。綺麗な羽毛だ。綺麗なものは、これからいくらでも見られるのかもしれないと思った。私はナンテンを両手に包み、声をあげて泣いた。




(終わり)


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コメント

世界に引き込まれました。内容が命や病気についてなので、軽々しい発言はできませんが、小説としてとても魅了されました。

一瞬一瞬を生きてるってことがどんなことなのか感じられるような、本当に素晴らしい小説でした。ありがとうございます。
[2010/08/02 23:21] URL | yoko #- [ 編集 ]


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