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KIKI歌野

Author:KIKI歌野
物書き(♀)です。アダルト表現を含む物語もありますのでご注意ください。ふと訪れた方々が楽しんでくださればうれしいです。
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KIKI歌野の、たあいないものがたり
小説を書いています。官能を含む恋愛小説、普通の小説をぼちぼち載せていきます。たぶんまあまあ面白いです(つまんなくても暖かい目で見守ってください・・笑)


  NEW!!☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 2012年8月
 直己×香枝の最新作『パーフェクト・ビューティー・オブ・ライフ』アップしました。

 ゴメンナサイ、今回は有料コンテンツですが、(1)のみ無料で試し読みしていた
 だけます。

  皆様から寄せられたご感想はコチラ → ★★

 
 2010年11月
 直己×香枝の第四弾『ラヴァーボーイの受難』アップしました。


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  皆様へのお知らせとかお礼とか言い訳とか、いろいろ書いてあります。


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  キャラなりきりつぶやきもやってますので、小説を気に入ってくださった方なら
  楽しめると思います。ぜひのぞいてくださいね(現在停止中・・・ごめんなさい)



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プリンキピア・マテマティカ(4)


 J病院の前で車を降り、母の病室に向かった。母は知人が多いので群馬からも時折見舞い客が来るものの、頻繁に訪れるのは悠太一人だけだ。父は入院手続きや、母の身の回りの世話をしてくれる女性など全てを手配してくれたが、一度も母を見舞わない。
 個室のドアは開いていた。ベッドの上で半身を起していた母は悠太を見て微笑んだ。麻痺のため頬の肉が片側だけ垂れ下がり人相が変わってしまっている。最初見たときは言葉を失うほどショックだったが、やっと少しは見慣れてきた。
「今日のリハビリは済んだ?」
 母は頷いた。
「何か、食べたいものとかある?」
 悠太はゆっくりと短く区切って発音をした。母は首を振り、しばらく黙っていたが「がっこうは」と言い、問うように首を傾げた。失語症になったため、話す、聞く、書く、読む、という言語にかかわる全ての機能に障害が現れている。脳に言語の蓄えはあっても引き出しが開かない状態だと主治医から説明を受けた。
「いい学校だと思う。すぐ慣れるよ。」
 明瞭すぎる発声が、我ながら不自然に聞こえてしまう。何を話せばいいのかわからない。卒中で倒れる前の母は、こちらから話しかける必要などない人だった。陽気で早口で多弁で、いつも忙しく、万事を手早くこなす人でもあった。
「天気いいよ。外に出ようか」
 母が頷いたので、ケアワーカーを呼んで車椅子に乗せてもらい、悠太が押して建物の外に出た。病院の車椅子講習会に出席したので、操作は難なくこなすことができる。同じように車椅子を押したり、介助しながら歩く家族連れがあちこちに見られた。夫婦なのだろう、白髪の男性の車椅子を押した初老の女性が「こんにちは」と話しかけてきた。
「いい息子さんねえ、若いのにしっかりしてて」
 悠太は会釈をした。
「どのくらい入院していらっしゃるの? うちは二週間になるけど」
「あの、十日前からです」
「リハビリは最初が肝心だものね。頑張りましょうね」
「ありあとう、ごあいます」
 母は笑顔で答えた。不自由はあっても眼の明るさは以前と変わらない。姦しく喋る母を鬱陶しく思ったことは一度や二度ではないが、こうなってみると明朗な性格だけが救いだとつくづく思う。
 帰り間際、母はろれつのよくまわらない舌で、「こんなしょっちゅう来なくていいから、勉強したり友達と遊んだりしなさい」という意味のことを言った。

 だが遊ぶ相手など東京に一人もいないので、転入後最初の週末は見舞いと受験勉強と累計30kmに及ぶランニングだけで終わった。日曜日の夕食時には、在宅していた父と久しぶりに言葉を交わした。
「悠太、少しは学校に慣れたか?」
「うん」
「いい学校でしょ? 本来は地方から転入なんかできないんだけど、特別な計らいをしてもらったのよ。うちは寄付も多いしね」
 父の後妻の千恵は、悠太ではなく父を見ながら得意げに言った。
「編入試験の結果も考慮されたんだよ。悠太は成績がいいからな」
 父のフォローには返事をせず、千恵はフォークに刺した肉の一片を口に入れた。
「あら、今日はなんだか味が違うわね。お肉屋さん変えたの?」
「すみません。いつもの『露伴』が臨時休業だったもので」
 父のグラスにワインを注いでいたお手伝いさんが謝った。
「ねえ悠太くん、瑠花のお肉食べて? もういらない」
 瑠花が甘えた口調で言った。小柄で華奢な瑠花は、いつも皿の上の食べ物をフォークでつつき回すだけでろくに食べない。
「もう少し食べないと大きくなれないよ」
「そうだよチビ。ほら俺なんかもう半分以上食べちゃったもんねー」
 勇樹が意地悪く言うと、瑠花は恨めしそうに二つ年上の兄を睨んだ。
「お兄ちゃん嫌い。悠太くんは優しいのに」
「終わりにしていいわよ瑠花。悪いけど今日のお肉は今一つだものね」
 千恵はそっけなく言った。瑠花が悠太に甘えるたびに少し不愉快そうな顔になる。悠太にとっては十分美味しいと思える食事だが、ナイフとフォークでは食べた気がしない。重厚なダイニングテーブルの上の生花も高そうな食器類も、悠太の生活感覚とはかけ離れたもので、居心地が悪かった。
 食事がすむと「ごちそうさま」と礼を言い、母屋から離れた。千恵の前では父もあえて悠太を団欒に誘わないが、離れまでの短い距離を一緒に歩きながら母の具合を尋ねた。横に並ぶと悠太の背は父より高い。父の背丈を越えたことを知ったのはつい最近だ。
「院長先生とは電話で何度か話して、ちゃんと頼んであるから」
「うん」
「受験勉強は順調か? 志望は地元の国立だったな」
「うん」
「小遣いは足りてるか」
「大丈夫」
「あまり気を遣わなくていいんだからな。この家はお前の家でもあるんだから」
「うん、ありがとう」
 まるでドラマの中の親子の会話のようだと思う。離れに入り、机の前に座って参考書を広げると、人の気配のない静けさが肌を刺すように感じられた。故郷の友達の誰とでもいい、ゲラゲラ笑えるようなバカ話が無性にしたかった。CDをコンポにセットし、イヤホンを耳にはめながらふと倉嶋志保子の顔を思い浮かべる。金曜日に言っていた『何とかの最終定理』という本を、彼女は明日持ってくるのだろうか。


 月曜日の朝、悠太は飛ぶような急ぎ足で駅に向かった。足取りが軽いのは慣れたジョギングシューズを履いているためだ。学校に着いたらローファーに履きかえればいいと開き直っている。
 金曜日とほぼ同じ時間に駅のホームに着くと、倉嶋志保子はそこにいた。もちろん会えることを期待して急いだのだが、いざ本人を目にすると心臓が躍り出した。ちょうど電車が来たところで、声をかけるまえに彼女は乗り込んでしまった。一瞬迷ったが同じドアに飛び乗った。乗客の間から斜め後ろの顔が少し見える。
 駅を二つ過ぎたところで、倉嶋が後ろを振り向いた。彼女の動作にはおよそ性急なところがないが、振り向き方もゆっくりしたものだった。倉嶋の視線はすぐ背後の男の顔の上に留まった。サラリーマンとおぼしきその男を、静かな表情で見つめ続けている。どうしたんだろうと悠太は内心で首を傾げたが、顔をひどく強張らせた男が、次の駅で他の乗客を押しのけるようにして電車を降りたとき、思わず「あ」と声をあげてしまった。合点がいったとたん、なぜか顔がカッと熱くなる。乗り込んできた通勤客の流れに乗って彼女の傍に移動した。二人ともつり革を確保したので横並びになる。
「おはよう」
 倉嶋は平静な声で挨拶をした。悠太は応えるかわりに「大丈夫?」と言った。
「熱は下がったわ」
 その話じゃない、と思ったのが顔に出たのだろう、倉嶋は「大丈夫よ」と短く答えたが、滲み出た苦笑の中の嫌悪は隠せない。
 悠太は眉間に皺を寄せている自分に気づかないほど、訳のわからない怒りに渦巻かれていた。その怒りが普段は決してとらないような行動に走らせたのかもしれない。斜め前の座席が空き、座ろうとした乗客に「すみません、具合悪い人がいるんで」と言うが早いか、倉嶋の腕を引っ張って座らせたのだ。倉嶋は眼を見開き、心底驚いたような顔になった。
「座ってたほうがいいです」
 それだけ言うと悠太は倉嶋の顔以外の視線の置きどころを探したが、景色が見えない地下鉄なので広告を眺めるしかなかった。
 電車を降り、駅の外に出るまで無言だった倉嶋が「ありがとう」と言った。悠太は首を横に振った。
「ああ、これ」
 倉嶋はバッグから取り出した本を悠太に差し出した。『フェルマーの最終定理』というタイトルのハードカバーだ。
「もしその本が面白かったら----きっと面白いと私は確信しているけれど---海棠くんを私の家に招待したいの」
「え?」
「月に一度か二度、私の家で『コレギウム・プリンキピア・マテマティカ』、略してCPMという小さな会を催しているのだけど、それにぜひ参加してくれないかしら」
「コレギ・・?」
「ラテン語よ。日本語にすれば数学原理研究会・・というと堅苦しく聞こえるでしょうけど、要するに数字の世界で遊ぶ同好会のようなもの。メンバーの年代はまちまちで、毎回五、六名が参加しているわ。次回はフェルマーの最終定理の部分的証明がメインテーマになりそうなの。良ければ来週の土曜日の予定を空けておいて」


 倉島志保子の家に招かれた、といっても個人的な誘いではないのに心臓を高鳴らせている自分が可笑しく、悠太は授業中に何度も苦笑してしまった。
「海棠くん、カフェ行かない?」
 四時間目が終わると、クラス委員の青木に声をかけられ、連れ立ってカフェテリアに行った。この小柄な男子は毎日律儀に昼食に誘ってくれるのだが、正直なところあまり話は合わない。青木は初等部から十年以上もこの学園にいるため、生徒全員の家柄を把握しているのだと自慢した。
「ここだけの話、宇田川とかあーいう目立つヤツらの親って、実はただの成金なんだよね。金の力だけでこの学園に来てんだよ。つまり海棠家みたいな、まあ正直うちもそうなんだけど、歴史とか由緒ある家とは全然格が違うわけ」
 同意を求めるような表情で見つめられたので眼を伏せ、悠太はカレーライスのわずかな残りをスプーンで浚って食べた。
「家柄ってそんな大事かな」
「あえて自慢するもんじゃないけど、選ばれた者として誇りに思うべきじゃないかな」
「選ばれたって・・誰に?」
「さー、神とか?」
 冗談めかしてはいるが、若干本気に違いないと思わせる眼の色だ。
「・・・ごめん、家に電話するの忘れてた」
 悠太は眼を瞬かせながら立ち上がった。なんだか宇宙人と話しているようだ。頭を搔き搔きカフェテリアを離れ、中庭に降りて花壇の縁石に座ると、倉嶋から借りた本を広げた。一刻も早く読みたくて持ち歩いていたのだ。まだパラパラとしかめくっていないが、非常に興味をそそられる本だということはわかった。
 フェルマーの最終定理の特徴は、一見ごく簡単な、中学生でも理解できる命題なのに、実際に真偽の証明を試みようとすると悪魔的に難解であるという点にあるらしい。フェルマーの時代から実に三世紀半を経て、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズが完全証明するまでのドラマティックな歴史が、この本の中で展開されるらしい。
 序の項を読んでいると、深紅のスニーカーが眼の前に立ったので、悠太は笑顔になって見上げた。宇田川は本をつまんで背表紙のタイトルを見ると、興味なさげに片眉をあげた。ブリックパックのジュースのストローを銜えながら悠太の横に腰を下ろしたとき、背後で声がした。
「ねえ、直己知らない? こっちに歩いてくるの見たんだけど」
 甲高い女子の声は繁みの向こうから聞こえてくる。宇田川は「げっ」と低く呟くと、人差し指を唇にあて、悠太に沈黙を命じた。
「や、見てないけど」
「そお? ヘンだなぁ」
 その女子は「直己知らない?」と他の生徒にも聞いていたが、諦めてどこかに移動したらしく声が聞こえなくなった。宇田川はソロリと腰をあげて背後を確認し、ハーと息をつきながら座り直した。
「モテるね」
 悠太は笑った。
「ちげーよ。ヤッちゃったんで、しつこくされてるだけ」
「やっちゃったって何を?」
 宇田川は眼を剥いて悠太を見た。その顔で「ああ」と納得したが、おそらく「やっちゃった」が日常の一部であろうこの男のようなタイプは今まで周囲にいなかったので調子が狂う。
「誘われて一回ヤッただけだぜ? なのに毎日毎日うちの教室に来やがんの。帰りも待ち伏せてんの。いやもーマジでこえーのなんの」
「付き合わないの?」
「あそこが緩すぎて無理」
「・・・」
「何赤くなってんの?」
「なってない」
「いやなってるっしょ。色が黒すぎてよくわかんないけど」
 必要以上に顔を近く寄せた宇田川は、揶揄を丸出しにして笑っている。
「恥じらった顔がなかなかだよな。女にそう言われたことある?」
「ないよ」
 身をひいて答えると、宇田川はブリックパックから引き抜いたストローを歯の間に挟んで弄んだ。
「お前もやっちゃえば? その本貸した女を下手に神聖化する前にさ」
「え?」
「スノッブな数学オタクの集まりに誘われたんだろ」
「・・なんで」
 悠太は呆気にとられて宇田川の顔を見つめた。
「この学園における全ての目撃情報は、なぜか俺んとこに集まるよーになってんの。お前って既に有名人だぜ。クラケンに似てるってのも理由だけど、オニクラに気に入られてっからさ」
「・・・」
「ちなみにこの学園の生徒でその集まりに誘われたヤツは一人もいない。たとえ数学が得意でもあいつに気に入られなきゃ呼ばれない・・っつーのは俺のことだけどさ。数学だけなら学年二位なんで。不動の二位なんだよな。ムカつくことに」
「ごめん宇田川」
 悠太は思慮深い表情を装って言った。
「これからは不動の三位になるかも」
「は?」
「俺が来ちゃったから」
 宇田川は愉快そうに眼を見開き、「マジかよ」と声をあげて笑った。びっくりするくらい明るい、こだわりのない笑い声だった。

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