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KIKI歌野

Author:KIKI歌野
物書き(♀)です。アダルト表現を含む物語もありますのでご注意ください。ふと訪れた方々が楽しんでくださればうれしいです。
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KIKI歌野の、たあいないものがたり
小説を書いています。官能を含む恋愛小説、普通の小説をぼちぼち載せていきます。たぶんまあまあ面白いです(つまんなくても暖かい目で見守ってください・・笑)


  NEW!!☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 2012年8月
 直己×香枝の最新作『パーフェクト・ビューティー・オブ・ライフ』アップしました。

 ゴメンナサイ、今回は有料コンテンツですが、(1)のみ無料で試し読みしていた
 だけます。

  皆様から寄せられたご感想はコチラ → ★★

 
 2010年11月
 直己×香枝の第四弾『ラヴァーボーイの受難』アップしました。


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  初めてのお方はどうぞ。このブログ内の小説ラインナップが一目でわかります。


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  小説のキャラ紹介です。「100の質問!」コーナーもあります。お時間のある方はぜひ


  KIKI歌野の日記
  皆様へのお知らせとかお礼とか言い訳とか、いろいろ書いてあります。


  ツイッター
  キャラなりきりつぶやきもやってますので、小説を気に入ってくださった方なら
  楽しめると思います。ぜひのぞいてくださいね(現在停止中・・・ごめんなさい)



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プリンキピア・マテマティカ (2)

 昼休み、悠太はクラス委員の男女二人に連れられ、広いカフェテリアでAランチを食べた。悠太にとって昼食といえば弁当もしくはラーメン定食で、今まで「ランチ」と名のつくものなど口にしたことはない。
 こっちから聞いたわけではないのに、話題は自然に倉嶋志保子のことになった。あの底知れない眼が語る通り、彼女は超弩級の秀才なのだという。
「予備校の全国模試で、倉嶋さんの数学の偏差値って百近くあったんだって。二万人中トップだよ。ありえなくない?」
「それは・・・すごいね」
 悠太も成績は悪くないと自負しているが、学年で十位程度なのでレベルが違う。
「あの人ってファンがめっちゃ多いんだよねー。ていうか崇拝者?」
「あ、そういや宇田川ってオニクラのファンにまだ嫌われてるだろ。さっきも袴田とか神埼とか『てめーぶっ殺す』みたいな目してたもんな」
「相当憎まれてるよね。だってあの人倉嶋さんをひっぱたいたんでしょ?」
「ひっぱたいた?」
 悠太はフォークをトレーに置いた。
「クラケンの通夜のとき。こうバシッとやったんだって。何人か目撃したらしいけど、あれは噂になったよなー」
 男子生徒は自分の頬を、思い切り平手で叩く真似をしてみせた。
「でも、なんでそんなこと」
「良く知らない。理由はたぶん誰も知らないと思うけど」
 女子生徒が困ったような表情で答えた。
「でもそれで宇田川と倉嶋さんって実は付き合ってたんじゃないかって、噂になったんだよね。なんかイザコザがあったのかなーとか」
「ありえないって。仲悪いじゃんあの二人。クラケンはオニクラにベタ惚れだったけどさ。どっちかっていうと、クラケン関係で何かあったんじゃねーの? クラケンの通夜んときの出来事なんだし」
「二人は仲が良かったの? その、クラケンと宇田川は」
 悠太は聞いた。
「うーん、宇田川がクラケンを構ってやってたって感じかな。クラケンって成績も最悪だったし幼稚っぽくて、皆あんまり相手にしてなかったんで・・ってごめん。顔は確かに海棠くんと似てたけど、気悪くしないでよね?」
「そんなに似てた? 俺と」
「うん。クラケンはもう少し大男だったし髪型も違うけど、顔はかなり」
「顔だけだよ。海棠家と倉嶋家じゃ格が違うしねぇ」
 悠太は男子生徒の笑みに潜んだ媚を不思議に思ったが、海棠家の威光とはこういうことかと遅れて実感した。

 海棠家は明治維新以来、政財官界に名を馳せた日本有数の名家である・・らしいのだが、悠太は詳しいことを知らない。
 十九年前、海棠家の三男坊だった悠太の父親は、群馬の小さな温泉旅館の一人娘と結婚し、悠太が生まれた。二人の結婚は海棠家の認めるところではなかったため、三人家族は母親の実家である温泉旅館で暮らしていたが、悠太が七歳のときに父母は離婚し、父親は海棠家に戻った。
「あの人は東京のお坊ちゃん育ちだから、結局は田舎に馴染めなかったんだね」
 母親は悠太に何も語らなかったが、周囲は父親をそう評していた。
 悠太が就学年齢に達していたため、母親は姓を海棠のまま残した。すぐに再婚した父親からはハガキや手紙が時折来る程度で、会う機会はほとんどなかったが、中学生の頃までは祖父母が傍にいたので、悠太はあまり寂しい思いをせずに済んだ。
 だが中学三年生の時に祖父母は相次いで亡くなり、旅館の女将として多忙な日々を送っていた母親は、一ヶ月前に脳卒中で倒れた。一命は取り留めたものの東京の病院で長期リハビリをすることになり、唯一の身寄りである悠太は、高校を卒業するまで海棠家に身を寄せる事になったのだ。

 海棠家の三男一家が暮らす邸宅の敷地内には客用の小さな離れがあり、悠太がこれから一年間を過ごすのはそこだ。食事時に母屋に行く以外に「家族」と顔を合わせる機会はあまりない。父はそれなりに関心を払ってくれるが、多忙で留守がちだ。悠太の上京に反対だった父の後妻とは、挨拶と世間話以外の会話をしたことがなく、今後もする機会があるのか疑問だった。
 今日は小学三年生の勇樹、一年生の瑠花と三人で夕食をとった。二人の子供は腹違いという微妙な関係でも新しい兄との同居が嬉しいらしく、屈託なく懐いてくれている。
「悠太くん、東京の地下鉄大変でしょ。俺が一緒に行ってあげればよかったけど」
 勇樹は生意気な口をきくが、食卓では瑠花を押しのけて悠太の隣に座りたがる。
「大丈夫だよ。学校に行って戻ってくるだけだし」
「ねー瑠花の部屋に来て。いいもの見せてあげる。今日はママ戻ってこないから、ずっと母屋にいても平気だよ」
「お前のいいもんなんて面白くねーよ。それよりDSしようよ」
「駄目駄目。悠太さんは勉強で忙しいんだから」
 二十年来海棠家に仕えている年配のお手伝いさんが優しくたしなめたが、眼つきは少し冷ややかだ。悠太と子供達を必要以上に接触させたくないのだろうとわかる。
「三十分だけ。それくらいならいいですか?」
 好意のない顔に向かって笑みを浮かべるのに多少苦労しながら、悠太は言った。
「えーと、それと今日ランニングしたいんで、後で一時間ほど外出します」
「俺も一緒に行く!」
「瑠花も」
「夜だから小学生は駄目だよ」
 二人の頭を交互にポンと叩き、悠太は笑った。
 山間の温泉街で育った悠太は、徒歩で山を越えて通学していた上に、中学生の頃から野球部に所属していたこともあり、体を動かさなさいと落ち着かない性分だ。
 午後八時半、走行距離とタイムを測れるランニング用のウォッチをはめ、ゆっくり二十分走ってから加速を始めた。信号の少ないルートはネットで調査済みだ。一キロ四分半のペースでもう息があがり始めたのは、上京してから十日近くも走っていなかったせいだ。だが気持ちがいい。夜でも明るい都会の風景と一緒に、不安も鬱屈も背後に流れていくような気がする。リハビリ中の母親のことも、馴染めるかどうかわからない学校のことも。


 翌朝は早めに家を出た。地下鉄の駅で電車を待っていると、ホームで倉嶋志保子の姿を見かけたので驚いた。だがこの界隈は東京有数の高級住宅地なので、金持ちだらけの生徒の誰が同じ最寄りの駅だとしても不思議ではない。
 昨日も彼女をバレリーナのようだと思ったが、立っていると尚のことそう見える。小気味よく伸びた膝下のしなやかさ、ほっそりした優雅な体つき。文庫本を読む彼女に短い視線を投げる男が多いことに悠太は気づいた。近寄って挨拶をすべきか迷っているうちに電車が来たので乗り込んだ。倉嶋は隣のドアから同じ車両に乗った。満員電車で他人と密着する不快感に耐えながら彼女に視線をやると、涼しい表情で本を読み続けている。絵画のような横顔にチラチラ視線を送っているうちに時間が過ぎた。
「おはよう、海棠くん」
 改札を出ると、倉嶋が話しかけてきた。「おはよう」と口のなかで答えたものの顔を直視できない。だが自分の横顔にあてられる視線を感じ、恐る恐る見返した。朝日の下で見る彼女の顔は濯いだように白く、その肌に比しても白眼は青を帯びるほど白かった。肩までの髪が微風に揺れている。
「海棠くんは足が速いのね」
「え?」
「昨日家の近所であなたを見かけたの。私は家族と一緒に車の中にいたのだけど・・フォームが美しいので見惚れたわ」
 悠太は眼を逸らした。心臓が暴れて返事ができない。一目散に逃げ出したい衝動にかられながら、とてつもなく高揚させられた自分を意識する。
「あの・・いつも」
 喉が絡まったので唾を飲み込んだ。
「そういう喋り方なんですか。なんかその、先生みたいな」
「あなたはいつも同級生に敬語を使うの?」
 問いに問いを返した倉嶋は微笑み、前方を向いた。賑やかに喋りながら歩く二人の男子生徒を抜かしざま、「シャツのボタンを上までとめなさい」と注意をした。一年生とおぼしき女子には、「マスカラは授業の前に落として」と言葉を投げる。微笑みを絶やさない。言い返す者は誰もいなかった。
「朝からお元気ですこと。俺にも注意したら?」
 背後の声に振り向くと、宇田川が唇を歪めて笑っていた。脱いだ上着を右肩に引っかけ、はだけたシャツをズボンの外に出している。ネクタイはどこにもない代わりに、細い皮紐のネックレスのようなものを幾重も首に巻いていた。
「この学校がそれほど嫌いなら自主退学すべきね」
 倉嶋はごく穏やかな口調で答えた。
「でも無理ね。あなたが大学を選ぶときは、ちゃんと自分の意思を通せるのかしら? 私はそう望むわ。そうすれば鬱憤の象徴みたいな服装をこれ以上眼にせずに済むから」
 宇田川が切り返すまでに、一瞬の間があった。
「なんすかその鬱憤の象徴っつーのは。どっかのヘボ小説じゃあるまいし」
「校門に入る前にネクタイを締めて。持っていないのなら授業を受けずに帰りなさい」
 「会話は終了」というように、倉嶋は宇田川から視線を外した。
「海棠。これ持ってて」
 宇田川は不愉快そうに舌打ちし、ナイロン製のスクールバッグを悠太に持たせると、ズボンのポケットから取り出したネクタイを締め始めた。「朝帰りで寝てねーのに、ますます気分悪い」とブツブツ言いながら立ち止ったので、悠太も倣う。倉嶋は先に行ってしまった。
「仲悪いね」
 悠太が率直に言うと、宇田川は「うん」と頷いた。素直さが妙に可笑しく、少し笑ってしまった。
「叩いたのはなんで?」
「あ?」
「通夜のとき叩いたって聞いた」
「ああ別に・・ムカついたから」
「なんでムカついたの?」
「おっまえ大人しそうなフリして切り込むヤツだなあ。ここで答えろってか?」
「ごめん。嫌ならいいけど」
 手早く締めたネクタイを緩めながら、宇田川は悠太の顔をじっと見つめた。顔からネクタイに視線を落とし、「下手じゃない」と呟いた。不思議そうでもあり、体のどこかが痛むような表情でもある。


プリンキピア・マテマティカ (1)


プリンキピア・マテマティカ(1)



 悠太が青葉台学園高等部の正門の内側に足を踏み入れたとき、数名の生徒が立ち止って息を呑んだ。
「クラケン?」
「まさか」
「なにあいつ。似てない?」
「確かに、かなりソックリ」
 クラケンって誰だろうと細い眼を瞬かせつつ、悠太は校舎内に入った。この高校では上履きに履き替える必要はないが、運動靴やスニーカーでの校舎内立ち入りは禁じられているため、悠太は今日慣れないローファーを履いている。足を入れた瞬間からもう脱ぎたくなる靴で歩く苦痛といったら、何に例えようもない。そもそもこの制服が無理だ。坊主頭が少し伸びたダサい髪型に真っ黒な顔。見た目通りに田舎育ちの自分と、金のエンブレムを胸に光らせたこの格調高いブレザーは、笑えるほどチグハグな印象を与えるに違いない。
 何度目かのため息をつきながら階段をのぼり、二階の職員室に向かう。高い天井や磨き込まれた壁や床は、学校というより教会や聖堂のような雰囲気だ。選ばれた家柄の子女しか入学を許されないこの東京の有名私立学園は、本来なら悠太には無縁の場所だったのに、高校生活も残りあと一年という今、転入する羽目になった。見るからに毛並みがよさそうな生徒達の幾人かが、悠太を見てギョッとした顔になる。踊り場ですれ違った男子生徒が「え?」と声をあげ、だしぬけに悠太の腕を掴んだ。
「なんだお前。クラシマの親戚かなんか?」
「え? いや、違う、けど」 
 悠太は面喰って答えた。クラシマという名字の親戚はいない。もっとも父方の親戚については何一つ知らないのだが。
「マジで? クラケンに良く似てるけど。お前転入生だよな?」
 初対面で「お前」はないよなと思ったが、どこか威圧感のある眼に気圧されて悠太は頷いた。この学校には異質な存在だと一目でわかる男だ。ネクタイは緩め放題、はだけたシャツの下に黒いTシャツを着ている。足元を見れば深紅のスニーカーだ。
「名前は? あっと俺は宇田川。宇田川直己。三年」
「海棠悠太。三年」
「海棠? おいおい海棠家かよ。これはオミソレ。職員室行くの? ついてきな」
 宇田川の顔には明白な揶揄があった。「名家にもこんな庶民系がいるわけね」と言っているように見えるのは僻みだろうか。
「で何組に転入なの。海棠クン」
「A組だけど」
「ははっ!」
 宇田川が鋭く笑った。「そりゃいい。オニクラと同じクラスとは見ものだな」
「オニクラ?」
「クラケンのイトコで倉嶋志保子っていう女だよ。鬼の生徒会長なんでオニクラって呼ばれてる。超こえーから気をつけな」
「あの、で、クラケンっていうのは」
「倉嶋謙二。俺と同じクラスだったけど、五か月前に突然死したヤツ。」
「突然死?」
「インフルエンザで急性脳症起こしてポックリ。死んだときは相当話題になったな。頭は絶望的に悪かったけど、オニクラの金魚のフンってだけで有名なヤツだったんで」
 宇田川は立ち止まると、ズボンのポケットに両手を突っ込み、悠太の顔を見つめた。
「オニクラがお前見てどんな顔したか後で聞かせろよ。俺はC組にいっからさ」
 こっちが戸惑うほど人懐っこい笑顔を浴びせると、宇田川は背を向けて歩き出した。後ろ姿がみるみる遠ざかる。気がつけば職員室の前だったが、無性に帰りたくなった。ただでさえ気が重いのに、死んだ生徒に似ていると言われて喜べるはずもない。しかもオニクラなどと呼ばれる女子が同じクラスにいるらしい。担当教諭に連れられて教室に着く頃には、悠太は視線を水平の高さに保つことすら困難になっていた。
「よろしくお願いします」
 黒板の前で呟いて頭を下げて上げると、生徒全員の眼と口が開かれていた。悠太の人生でこれほどの注視、いや凝視を浴びたことは一度もない。誰かが「クラケン」と口にするだろうと思ったがそういう事はなく、生徒達の視線がある一点に、窓側の真ん中あたりの席にさわさわと移動した。一人だけ不動の眼をした女子がそこにいた。日本人離れした色白の肌を持つその女子は、涼しげな表情で悠太の顔を見つめていた。あれがオニクラだ、と悠太は直感した。

 一時間目の国語が終わると、数人の生徒が悠太の周囲に集まった。
「ねえ、倉嶋家とは何か関係あるの? 血のつながりとかさ」
「海棠くんってあの海棠家だよね? なんで東京じゃなくて群馬に住んでたの?」
 彼らは横目でドアのほうをチラチラと見ている。さきほど教室の外に出ていった倉嶋志保子が戻ってこないか気にしているのだろうと悠太は推測した。倉嶋という名の親戚はいないと答えてから、二番目の質問の答えを準備しておいた通りに言った。
「名前は海棠だけど、俺は本家じゃないんで・・家庭の事情で本家と同居することになったけど」
 まるきり嘘ではないが、百パーセント本当でもない。
 好奇の目から逃れるため、悠太は二時間目が終わると教室の外に出た。倉嶋志保子は誰かとおしゃべりをするでもなく、席で本を読んでいる。バレリーナのように伸びた背筋に、品よく整った横顔。おとなしやかな印象なのになぜ「オニクラ」なのだろうか。
 廊下を歩いてなんとなくC組の前まで来ると、教室の窓からニュッと突き出た顔があった。宇田川だ。
「おー海棠クン。オニクラはどーよ。腰でも抜かした?」
「いや別に・・。普通な感じだったけど」
「ま、顔には出さねーか。ハンパねえ気どり屋だからな」
「倉嶋さんのこと、そーゆー風に言うの直己だけだよねー」
 宇田川を囲んでいる三人の女子がクスクス笑った。どの顔も人形みたいに可愛らしい。
「なーに言って。お前らだって陰でオニクラって呼んでるくせに」
「だって怖いんだもんあの人。でも直己は生徒会副会長までやってたのに」
「副会長?」
 悠太は宇田川の顔をまじまじと見た。
「そ。冗談で祭り上げられてさー、一期だけ副会長やったんだけどオニクラと連日大ゲンカよ。俺トイレで泣いたもん」
 女子がどっと笑う。なるほど、この男はモテるんだろうな、と悠太は素直に感心する。
 宇田川は長い脚で窓を跨ぎ、廊下に降り立った。「行こーぜ」と言いA組のほうに足を向ける。悠太は「?」と思いながら宇田川の後ろを歩いた。宇田川がA組のドアを開けると、室内のほとんどすべての眼が注がれた。
「何しに来たんだよ」
「クラス間違えたんじゃないの?」
 何人か立ち上がったが、宇田川は構わずにずかずかと入り込み、倉嶋の前に立つと「オハヨーさん会長」と言った。
「おはよう、宇田川くん」
 倉嶋は本から眼を上げ、静かに挨拶を返した。
「どんな気分っすか今。クラケンが生き返ったみたいで嬉しい?」
「わざわざそれを言いに来たの? 相変わらず物好きなのね」
 倉嶋は口の端をあげて微笑み、背後の悠太を見つめた。視線が絡んだ瞬間、なぜか全身に鳥肌がたった。美しい眼の奥底にあるもの。普通の人間には持ち得ない極度に発達した智の塊のようなものを、本能的に察知したのかもしれない。
「海棠くん」
 倉嶋は言った。
「もう話は聞いているんでしょう。好奇心の的になって不愉快でしょうけど、気にする必要はないわ。どんなニュースもいずれ忘れ去られるものだから」
 悠太は驚いた。これほどちゃんとした女言葉を話す同い年の女子を、生まれて初めて見たからだ。
「へえ、じゃあ会長サンはとっくに忘れたんだろーな。最愛のイトコのこと」
 斜め後ろから見る宇田川の頬は笑っているが、口調はひどく挑発的だ。
「私にとっては『ニュース』ではないから、あなたが彼を忘れない以上に忘れない。こういう答えでいいのかしら」
 倉嶋は薄く笑った。
「もう自分の教室に戻りなさい。授業が始まるから」
 教師のような命令を下すと、微笑んだまま教室を見渡した。
「これはただの会話。見せものではないのよ」
 柔らかな声なのに教室の隅にまで届く。クラスメートは次々に眼を伏せ、教科書やノートを机の上に出し始めた。宇田川は鼻を鳴らし「じゃな」と悠太に笑いかけると、教室を出ていった。




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